「自給自足くらぶ」でどんどん幸せに
(この原稿は、船井幸雄.comに「中村陽子の都会にいても自給自足生活」に連載された第2回です。2014年11月20日に掲載されました)
今回は、1年半前に緑内障がきっかけで、若杉友子さんに出会い、メダカのがっこうの活動にかなりディープに参加されるようになったIさんをご紹介します。
彼女は大手企業の経理部長までされたキャリアウーマンで、仕事で生きていこうと思っていたそうですが、よくよく考えてみると結婚は人生の選択科目ではなく必修科目ではなかったかと思い、10年ほど前に婚活を開始。3年半前に今の音楽家のご主人と結婚されました。それまで一人暮らしの時には、自分の健康を考えて肉を少なめに野菜中心の食生活を心掛けていたのですが、慣れない結婚生活でのストレスは相当なもので、それが崩れてしまいました。豚肉の美味しい群馬県に嫁いだこともあり、しゃぶしゃぶやらアイスクリームや甘いものが止められなくなったのです。
そうこうしているうちに1年半前、緑内障が発覚。本屋で若杉友子さんの『長生きしたけりゃ肉は食べるな』(幻冬舎)に出合い、全著書を読破。その時、メダカのがっこうの存在を知りました。さて本格的な食による心身の立て直しを始めましたが、肉を止め、ストイックな生活はどこか違うと感じ、「あなたと健康」の東城百合子さんの料理教室に1年通ったり、マクロビオティックの久司道夫さんの講演を聴いたり、兎龍都さんの教室に行ったりしているうちに、偏ったことはしないで、祖母の時代の生活に近づければよいのではないかと思うようになりました。祖母の時代は晴れの日には肉も食べ、週に1度はお魚も食べていました。飽食の現代ですが、昔を思い出し、玄米とお味噌汁中心の一汁一菜を基本に、バランスのとれた食生活をしようと頑張り始めました。
彼女はこれ以前にも何回か大変な努力をしたことがありました。10年前に婚活を始めるまでに、タバコをやめておこうと、1カートンを持ち歩くほどヘビースモーカーを止めた時はとても苦しかったです。また頭皮にアトピーもありステロイドを10年くらい使用していましたが、それを止めた時も大変でした。
しかし今回の食生活改革は、メダカのがっこうの自給自足くらぶの活動の中で、仲間と一緒にチャレンジしていくことばかり、本当に楽しいそうです。
彼女曰く、「以前から味噌は作っていましたが、いつも食べているメダカのがっこう米で麹造りからする味噌造りの2泊3日の合宿は、麹の温度管理を交代でしたり、育っていく様を素手で感じたり、思いが似ている他の参加者の話を聴いたりと本当に楽しかったです。
また醤油のことですが、まさか自分が醤油麹とこだわりの塩でモロミを作り、1樽の醸造の世話ができるとは思わず、これで3月には30升の醤油が搾れるとは本当に驚きです。
12月のたくあん作りも青首大根ではなく首まで土に埋まっている漬物用の大根と、擦りたてのメダカのがっこう米の糠と昆布と無農薬のみかんの皮など吟味した原料だけで、砂糖ゼロなのにほんのり甘いたくあんができるのも本当にうれしい。6月にメダカのがっこうで教えてもらった梅干し作りで、自分の家の庭の梅を60kgも漬けましたとのこと。何から何まで手造りの贅沢な粗食生活は、楽しくてやめられません。
実は彼女は「都会に居ても自給自足生活」のパターンではなく、群馬県の庭の広い家に嫁いだので、田舎で自給自足生活ができる人なのです。しかし、3年前に嫁いだときには、広い庭をもてあまし、草むしりが大変だと厄介に思っていました。しかしメダカのがっこうで野草の料理の仕方を知ると、ミョウガとかフキの自生している場所や、野草の存在に気が付き、この庭が宝の山に見えてきました。ビワの葉もスギナもふんだんにある庭です。
梅干しも家の庭にある無農薬の梅の実で梅干しを漬けることができましたし、たくあん漬けも昨年覚えたので、今年は畑で栽培した大根でたくあんを漬ける予定です。
緑内障ですが、2ヵ月に1回の検診を受けつつ、昨年の12月に薬を止めましたが進行は止まっており、徐々に明るい光が戻りつつあります。これには食養や手当法だけでなく、塩と苦汁で作った塩ローションを目薬にしていることも効果があるかもしれません。また糖尿病であった主人は、体重が10kg近く減り、6以上で糖尿病だと言われているチェック数値HbA1c(ヘモグロビン・エイワンシー)が7.8から5.8に下がりました。
結婚して3年半、彼女は最近結婚して本当によかったと思うようになりました。こうして人生のパートナーとして人と関わることの大切さと良さが分かるようになり、それを体験できてよかったと思っています。また子どもも育ててみたかったのですが、自分たちの子どもはいないので、親戚の喘息の親子を何日か食養と手当でお世話したりしています。
これには、自分が今まで体験した食養や効果があった手当法を自信を持ってさせていただいているとのこと、そしてこういうものに出合えたのは緑内障になったおかげだと思うと、緑内障になってよかったのだと考えるようになりました。
最近、彼女は自分の7年余りにもなった婚活の豊富な経験を活かし、おせっかいおばさんを始めました。結婚しない幸せは大きな勘違いだと彼女は言い切ります。そして、いろいろな教室にやってくる以前の自分のような仕事人間の独身女性に、結婚の良さを伝え、パートナーを探している将来有望な農家の後継ぎの方などに引き合わせたり、迷っている人の背中を押したりしています。素晴らしいおせっかいおばさんの誕生秘話でした。
都会にいても自給自足生活のおすすめ
(この原稿は、船井幸雄.comに「中村陽子の都会にいても自給自足生活」に連載された第一号です。2014年10月20日に掲載されました)
2001年にNPO法人 メダカのがっこうをみんなで始めて13年、薬を使わず、田んぼにできるだけ長い期間水を張ると、水辺の生きものが爆発的に増えることがわかり、消費者がこの田んぼのお米を食べることで、日本の自然環境が復活させようと始めた活動です。
しかし5年ほど前から、お米を中心にした日本の伝統食を支える基本食材の味噌、醤油、梅干し、沢庵なども、仲間の素晴らしい農家の原料と日本の醸造・発酵・塩蔵技術を使い、無農薬・無添加のものを原料から作り始めました。
自給自足という考え方が、生きる環境と安全な食料を次世代に残すために必要だと分かったからです。
さて、こうして現在、メダカのがっこうでは、農家と一緒に切り開いてきた道を整備し、都会にいてもできる自給自足生活を提案しています。
具体的には、我が家の1年分のお米を農家に作ってもらいながら、草取りなど農家が人手を必要とする時には手伝いに行き、農閑期には、味噌や醤油や沢庵を農家と一緒に作るという活動です。6月の梅干し作りだけはお米づくりの一番忙しいときですが、梅の収穫時期ですから、なんとか時間を作って頑張っています。
今回は、メダカのがっこうに出会って、180度考え方が変わって、自分で作れるものが増えることがうれしくて仕方がないというSさんのことを紹介します。
Sさんは、証券会社で部長にまでなったキャリアウーマン。家には炊飯器もなく、料理はせず、物も時間もすべてお金で買う生活。私と出会ったのも仕事上の出会いでした。しかし2~3年付き合っているうちに、メダカのがっこうに興味を持つようになり、一度、田んぼ体験に誘ってみたら、自然豊かな棚田の稲刈りに行って、すっかり田んぼの魅力にはまってしまいました。そして、味噌造りや醤油仕込や醤油搾り、たくあん作りや、梅干し作りなどに来るようになりました。彼女がこれにはまった一番の理由は、たぶん彼女が本当の食いしん坊で、“本物”がよく分かる真のグルメだったからだと思います。
メダカのがっこうの活動には、いつもおいしい食事がついています。もちろん無農薬・無化学肥料で生きものいっぱいの田んぼで育ったお米を炊いて握ったおむすび、採れたての野菜と自家製味噌で作った具だくさんの味噌汁、本物の塩で漬けた漬物、農家のお母さんが作ってくれた野菜料理の数々。世間一般で評判になっている美味しいものを、お金の糸目も付けずに食べ尽くしてきたグルメの舌には、新鮮でたまらない美味しさだったと思います。
彼女は、メダカのがっこうに出会うまで、自給自足なんて言葉さえ浮かばない人で、その上、世の中にはちゃんとした食べ物がないということも、まったく知りませんでした。
それもそのはず、実家は食料品のスーパー。食べものに囲まれ、おやつも好きなものを好きなだけ食べていい家でした。当然、そこで使用されている化学物質や添加物を意識したこともありません。その上、バブルの時代を経験した証券ウーマン、目に極楽、腹に地獄と言われている世の中のご馳走を食べ尽くしていたようです。若いころは痩せ型で相当かわいかったと本人は言っていますが、今ではどこから見ても体格がよく、エネルギッシュに仕事をする頼もしい熟年女性です。
それでも60年間何の病気もせず、年1回の健康診断で高血圧だと言われるだけで済んでいたのは、ありがたいことに親が健康に産んでくれたことと、仕事が趣味で、ストレスを感じない明るい性格だったことが幸いしていたと彼女は分析しています。
「氣」は健康の最重要項目ですね。「氣」が元気なら病気にならないのですから。
そんな元気いっぱいの彼女が自分の健康について考えるようになったきっかけは、お母様が86歳でガンで亡くなった時でした。大腸ガンを治療して6年、次に子宮頸ガンが発症、それが悪化して亡くなったのですが、1度もガンの告知は受けず、亡くなる1週間前まで元気に働いていたそうです。彼女はその母親の生きざまや死にざまを尊敬していて、その母親の体型が痩せ型で身軽、体重は常に42~43kgだったおかげで、病気も介護も楽だったことを思い、自分の体重を減らすことを初めて考えたのです。
思い立ったら即実行。それまでの投資金融のコンサルタントから、メダカのがっこうが関わる食の仕事に転身。食事も米中心の一汁三菜生活に切り替えました。
田植えを手始めに、梅干し作りでは完熟梅の甘い香りに感激、たくあん作りでは擦りたての糠のおいしさに感激、3泊4日の味噌造りでは米麹の生長する様子に感激、醤油のモロミ仕込と搾りでは手造り醤油のおいしさに感激。今まで追い求めていたグルメ的な美味しさではなく、身体が喜ぶ本当のおいしさに目覚めました。そして初体験ばかりの怒涛の1年を過ごしました。
彼女は楽しいので何をやっても疲れません。農作業もふつうの人は腰が痛くなるのに、空手でつかんだ腰の折り方のおかげで、まったく腰に負担がかからないようです。
実はメダカのがっこうを始めて以来、私も自分のやりたい活動をしているので、何をやっても全然疲れないのですが、初めて同じレベルの人に会いました。気を使わずにどんどん活動できる仲間ができて本当にうれしいです。
彼女はこの1年の体験で、メダカのがっこうが農家と一緒に拓いてきた「都会にいても自給自足への道」は、一歩踏み出してみれば、意外と簡単だと思ったようです。
米づくり(田植え、草取り、稲刈り)に3日、醤油造りに3日、味噌造りに3日、梅干し作りに1日、たくあんづくりに1日、今年から始まったオイルプロジェクト(ヒマワリと菜種の2毛作)に最低6日で、年間最低17日、我が家の基本的な食料自給のために時間を割けば、農家を支えながら、環境を取り戻しながら、本当に体に安全な食料(米、味噌、醤油、梅干し、たくあん、ひまわり油、菜種油)を作ることができる。これに春・夏・秋の野草料理教室を加えれば完璧です。しかもイベントは土日が多いので、会社をそれほど休まなくてもできる。これは人に伝えたいと思いました。
また、実際にやってみると、いろいろなことに気づきます。
その中のトップは、塩の大切さ。世間一般のこだわりの味噌、醤油、漬物、梅干しなどには、塩以外の原材料にはこだわっていますが、塩の違いに気が付いている商品は少ないです。実は味噌も醤油も梅干しもたくあんも、自分たちで作ってみて分かったことは、日本の海塩の中でも苦汁(にがり)分が海のバランスで多く残っている塩を使うと、醸造の具合も味も出来がえらく違うのです。
そして塩の価格が商品の価格を決めることも分かりました。今ほとんどの加工品に使われている天日塩は1kg60円、メダカのがっこうが使用している塩は1kg3000円。
これを原材料に使えば、味噌も醤油も梅干しも価格の桁が違ってしまうのです。しかしこの塩の価格はまだフェアートレードではないのです。驚くなかれ、この塩を作っている人は塩だけでは生活できていません。大切なのは、値段の違いは中身の違いだということです。天日塩とは工業用に使われている輸入原塩のことで、この輸入原塩は原産地で苦汁分を飽和海水で洗い流してから輸送するので、天日塩の良さを失っているのです。
どうしてこんなに塩の内容が大切なのかと言えば、人間にとって塩とは、体液や血液の原料になるものだからです。人間の祖先は古代の海の水を体液に取り込んで陸地に上がってきました。これが内なる海です。この内なる海にとって一番いい塩は、体液のバランスに近いものなのです。
この塩の大切さに気が付いた彼女は、これもみんなに伝えたいと思っています。
都会にいても自給自足生活を目指したい方、どうぞメダカのがっこうと一緒に一歩、踏み出しましょう。興奮と感動の連続の1年になりますよ。
