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中村陽子のコラム

2003年4月15日

生命を活かす技術体系

 最近、緩速ろ過の浄水システムを知りました。これは、200年前のロンドンで発明されたもので、いたって簡単な装置です。大きな深いプールの底に土や砂を敷いて水を溜めます。すると、水面には糸状藻類が発生し、その藻類が光合成によって酸素を出し、生きものを養います。この環境下で砂底数ミリのところに発生するたくさんの微小な生きものたちによって、菌などを食べてもらい、水をきれいにするのです。


 緩速という言葉は、決して迫ヲが悪いという意味ではなく、生きものが流されない速度、ゆっくりした水の流れを浮墲オている言葉です。それより迫ヘ的には、1日で面積×深さ5メートルもの水を浄化できます。緩速ろ過というより、生物ろ過といったほうが的を得た阜サのようです。
 この緩速ろ過は、ヨーロッパでは実際に水道水として使われていて、発明されたロンドンでは、今でも100%の市民がこの生きている美味しい水を、飲んでいます。もちろん塩素は使われていません。
 日本で、この緩速ろ過の浄水システムを研究している博士がいます。信州大学繊維学部の中本信忠教授です。彼は塩素を入れなければ水道水として認めない日本の現状を、何とか変えて、塩素の入っていない本当においしい水道水にしようと、緩速ろ過の素晴らしさを発信しつづけています。
 本当に良い水かどうかを決める基準は、生きものに聴いてみるのが一番だと、彼は言っています。塩素の入った水道水と、その他の水を並べて置いておくと、野生の生きものたちは、決して水道水を飲まないそうです。汲みたての水道水の中では、金魚もメダカも生きていけませんよね。どんなに薄い塩素でも、命にとってはよくないものなのです。この水を、殺菌されているので安心と教えられて飲むのは、人間だけ、私たちは本当に野生を失い、理屈で生きているのですね。
 19世紀や20世紀初めのヨーロッパでは、毎年夏になると、コレラが流行ったそうですが、それまでのただの砂ろ過浄化システムから、生物処理の緩速ろ過システムに換えた都市から、コレラ患者が出なくなったという記録も残っています。私たちにとっては危険なコレラ菌も、緩速ろ過に棲む生きものたちにとってはご馳走で、食べ尽くしてくれるのです。みんながそれぞれの命の営みをする、つまり生態系を壊さないと、みんなが生きていけるのですね。 
 緩速ろ過システムの浄水場は、明治43年に出来た高崎の剣崎浄水場を始めとして、現在の日本で一万箇所もあるそうです。日本で一番大きな緩速ろ過の浄水場は、東京都武蔵野市にある境浄水場です。東京都にはあと砧浄水場(上と下)があり、ここは見学ができます。緩速ろ過の水浄化システムが命にとって良いことは、本当は国も分かっているようですね。
 日本でも戦前までは、緩速ろ過が一般的で、塩素も使われていなかったようです。それが戦後、アメリカの指導のもと、化学薬品で処理をする急速ろ過が普及し始め、この方法だと、菌が残ってしまうため、最後に塩素消毒をするようになりました。こうして塩素臭いということが安全な水の証しという誤解が始まったのです。
 急速ろ過に移行していった最大の理由は、この緩速ろ過の装置が、100年たっても、200年たっても故障もなく、安上がりだからです。現代は大きなお金が動かないと、行政が採用しない仕組みになっているようで、本当に不思議な話です。
 この浄水の説明図を見たとき、私は、これはまるで不耕起、冬期湛水の田んぼと同じだと思いました。光合成をする藻類、その酸素が養う生きものたち、菌を食べる微小な生きものたちの絵を見ると、田んぼの泥の中に棲む生きものたちと同じです。
 ひょっとして、水を張ってある田んぼは、緩速ろ過が発明される遥か昔から、日本の水をきれいにしていたのかもしれません。田んぼでも、緩速ろ過の池でも、生きものたちが何をしているのか、私たちは、もっと知る必要があると思いました。