梅干しは日本人の食養生の基本
冬到来、寒さに慣れない身体には、様々な症状がやってきます。こんな時は、塩でうがいをし、梅醤番茶を飲むのが一番。この不調を乗り切る自信が湧いてきます。ご飯と味噌汁を基本食にしていれば、あとはあの小さくてかわいいけれどパワー全開の梅干しが日本人の健康を守ってくれます。私の野草の師匠である若杉友子さんは、「昔は携帯するものと言えば梅干しのことだった」と教えてくれました。今回は梅干しのお話をさせてください。
まずは梅干し以前のお話から。
●梅の実は漢方薬の材料
梅の木の原産地は中国。2000年以上前の中国最古の古文書『神農本草経』には、梅の実をいぶし焼きにした烏梅(うばい)について、「肺の組織を引き締め、腸の働きを活発にし、胃を元気づけ、身体の中の虫を殺す」効用があると記されています。
日本には3世紀の終わり頃、中国の呉の高僧がもたらしたという説がありますが、薬としてではなく、美しい花として愛でられていた様子が、万葉集などに残っています。
奈良時代になると、梅の実は、柿や桃、梨、杏などと同様に、加工して食べられていたようですが、時代を経るに従い、梅の効用を体験的に知るようになり、梅の塩漬けを保存食として、薬として用いるようになったようです。
●本来梅干しは梅酢の副産物
私もこれには驚きました。クエン酸を主成分とする梅酢は、器具や人体の傷口の消毒のほか、金属の鍍金(めっき)やはんだ付け、青銅器や鉄器の酸化皮膜処理(酸化銅および酸化第一鉄による「黒留め」と呼ばれる酸化被膜による防錆処理)のために用いられていたようです。東大寺の大仏に金を鍍金する際にも使われたそうです。梅酢は青酸が登場する昭和中期まで、このような用途に大量に使われていました。
●梅の塩漬けから梅干しへ
平安時代中期、梅干しが現れます。日本最古の医薬書『医心方』の「食養編」には、「味は酸、平、無毒。氣を下し、熱と煩懣(ぼんまん)を除き、心臓を鎮め、四肢身体の痛みや手足の麻痺なども治し、皮膚のあれ、萎縮を治すのに用いられる。青黒い痣や悪質の病を除き、下痢を止め、口の渇きを止める」と効能が記されています。村上天皇が疫病にかかった時、梅干しと昆布を入れたお茶を飲んで回復されたというエピソードや、鎌倉時代の僧侶は梅干しを酒のさかなにしたという記もが残されています。
●戦国時代には兵糧食として大活躍
まず梅干しは軽くてかさばらない保存食として重宝されました。しかも戦場で疲れることなく働け、栄養も補給できるので、味噌と並んで、戦国武将の兵糧丸の重要な原料になりました。しかも戦場で水あたりなどを起こした時などの殺菌や整腸剤として、また疲労回復剤をして欠かすことのできない特効薬でした。戦国武将が味噌造りや梅園づくりに力を入れたことが、今の時代にも有名な梅園としていくつも残っています。
●コレラを撃退した梅干しパワー
江戸時代になると、梅干しはやっと庶民の食卓に上るようになりました。今では梅干しと言えばしそ漬だと思っている人が多いですが、これは梅干しの変わり漬で、江戸時代に始まったものです。
『飲膳摘要』という本には、長年の体験から知りえた梅干しの効用が、「梅干しの七徳」として紹介されています。
七徳とは、①毒消しである。②腐るのを防ぐ効あり。③病気を避ける効あり。④その味を変えず。⑤息づかいによい。⑥頭痛を医する効がある。⑦梅干しよりなる梅酢は流行病に効がある。の7つです。
江戸時代末期、全国でコレラが大流行したときに大活躍したのが梅酢と梅干しです。現在では、コレラ菌が有機酸に弱い菌であることはよく知られていますが、江戸時代の人々がコレラ菌の性質を知っているはずもなく、長年の経験から梅酢に強い殺菌力があることを知り、治療に役立てたのです。
●現代の梅干し事情
さて、これほど凄い梅干しの効能ですが、これは本物の梅干しであることが条件です。昨年、私は毎年梅干し作りの時に無農薬栽培の梅を送ってくれる梅農家に会いに、和歌山に行ってみて驚きました。本場の和歌山でさえ、ホテルや空港で売っている梅干しの中に、梅と塩だけで漬けた本物の梅干しは一つもなかったのです。無添加とある商品も蜂蜜や砂糖を使った味付け梅漬けで賞味期限は半年。また添加物を使って減塩をうたっている梅漬けも多くありました。
私が最も愚かだと思うのは、減塩をするために添加物まみれにされた梅干しを作り出した人間です。人間は海から生まれ、塩分対応能力がほかの化学物質対応能力よりもはるかに高いのです。多すぎた塩分は体外に排出できても、添加物の化学合成物質は排出できません。現代病の原因になっています。
もし無農薬栽培の梅と日本の自然海塩で塩分20%の無添加の梅干しが欲しいのなら自分たちで作るしかありません。
●本物の梅干しとは
若杉友子さんからは、昔は梅干しに限らずたくあん漬けも、塩分は30%だったそうです。私も挑戦しましたが、3年でもまだ食べにくい塩辛さが残るので、20%で作ることにしました。梅漬けの段階でこの塩分だと、出来上がりは25%くらいの塩分になり、3年でおいしい梅干しになります。JAS法では塩分22.1%以上で伝統的製法によって製造されたものを「梅干」と呼び、それ以下で7.6%までの塩分のものを「調味梅干」と表示することが義務付けられています。ですから減塩の梅干しや、味付け梅干しは本物の梅干しではありません。伝統的製法のもっとも重要な点は、土用干しといって夏の太陽にしっかり3日間干すことです。この過程で、黄色だった梅干しが色づき、しそを入れなくても赤くなるのです。感動ものです。それは陰が陽に転換する大切な工程なのです。
メダカのがっこうが考える「本物の梅干し」は、無農薬の梅と伊豆大島の阪本さんの塩か、大分の赤峰さんのなずなの塩だけで漬け、しっかり夏の太陽に土用干ししたものです。どちらも1年前から準備していただいてやっと手に入る貴重な原料で手間を惜しまず作ります。
自給自足くらぶのお教室では、梅干しづくりを伝えています。またご自分で作れない方のために販売をしています。ご希望の方は、どうぞメダカのがっこうHPのショップにアクセスしてください。