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中村陽子のコラム

2006年10月20日

“美しい日本”は生きものが賑う田んぼから

 収穫が終わったひっそりとした田んぼ、この時期、私たちメダカのがっこうは田んぼの生きもの調査をします。年4回の定例の生きもの調査の内、2回は稲が植わっていない時にやります。さて、静まり返っている田んぼでも、慣行田(農薬や化学肥料を使う一般の田んぼ)と耕さない・冬・水・田んぼでは、まったく様子が違います。冬・水・田んぼといってもまだ水を張っていないところもあり、慣行田と一見同じに見えますが、田んぼに立つと、足の裏からやわらかい命の暖かさが立ちのぼってきます。見ると、水溜りにはミジンコやゲンゴロウの幼虫などが泳ぎまわり、土を調べると、イトミミズやユスリカが8月の時点より、ずっと増えて、土作りに励んでいます。一方、慣行田の水溜りにも土にも生きものがほとんどいません。環境にいいと思われている有機栽培田でも、紙マルチなど生態系を壊してしまう農法だと生きものはほとんどいません。


●田んぼの生きものたちの沈黙
 環境問題のバイブルともいえる「沈黙の春」、アメリカでDDTという農薬を大量に使っていたら、ある年、春になっても鳥たちの声が聞こえなくなっていたという背筋が寒くなる状況を知らせてくれた本ですが、著者のレイチェル・カーソンは、自然の声に耳を傾ける感性を持っていたから、沈黙の春に気が付いたのです。ところがこれはアメリカの問題ではありません。日本人の私たちも、田んぼの生きものたちの沈黙に、気が付く感性を持たなくてはならないのです。私たちも田んぼの生きもの調査を始め、小さな生きものたちに目の焦点を合わせてみて、初めて沈黙の田んぼを感じることができました。
 田んぼの生きものたちがいなくなった理由は大きく3つあります。
1つめは基盤整備といって、田んぼの水を都市の上下水道のように、用水をパイプラインで引き、水を抜く時、暗渠排水といって、落差がある3面コンクリートの排水路に落とすので、田んぼで増えて生きものたちも落ちたら戻って来れません。しかしこれは、胸まで埋まって作業をしなければならない沼地のような田んぼの農家にとっては、必要なことでした。この解決策として、メダカのがっこうでは、農家の方々に、田んぼの一角を通年ビオトープにして水を落とすときの避難場所を作ってもらっています。たとえば、たった1%のメダカが生き残れば、翌年また数万匹になるのです。
2つめは、田んぼを乾かす農法が主流になったことです。これは戦後、主に大型機械が入るのに好都合の農業理論が採用され、日本中に広がったのです。今の日本の田んぼは、一年のうち3ヵ月半しか水が入っていません。日本の絶滅危惧種の半数は水辺の生きものたち、乾田化の方針は、彼らにとって生きるのがむずかしい環境です。
3つめは、農薬や化学肥料の使用です。世界の農薬使用金額の55%は日本が使っているってご存知でしたか? まさか、最近は農薬の害をみんな知っているし、減農薬とか、特別栽培とか、ずいぶん改善されているんじゃないの、って思っているでしょう。ところが世界で一番農薬を使っている日本が半分にしたところで、世界で一番です。また減農薬というと少し安心に思えますが、成分を減らすということで、強くて効き目が長い成分を使うので、生態系の及ぼす影響は大きくなっているという研究もあります。
●日本の四季と田んぼの関係
 もう少し寒くなると、日本のほとんどの田んぼはカラカラに乾き、農薬や化学肥料がしみこんだ土の下から毛細管現象で地表に上がって白い粉を吹き、塩害化、砂漠化の様相を呈します。その上、今田んぼは日本の自然にとって大切な山間地からどんどん放棄され、さらに水辺がなくなっています。トンボはどこに産卵し、カエルはどこで冬眠し、イトミミズはどこに住んだらいいのでしょう。気候も変わりつつあります。日本の美しい四季はなくなり、乾季や雨季がはっきりしてきます。しとしとと雨が降ることも少なくなり、生きものたちもドカッと雨が降るときだけ一挙に増えるサバンナ型になるでしょう。あぁ、『美しい日本』はどこに行くのでしょう。
●田んぼから日本の自然再生ができる
 でも私たちメダカのがっこうは希望いっぱいです。田んぼは国土の7%、日本の環境の鍵を握るところです。環境にとって大切だといわれている干潟や湖沼を合わせても2%、あらためて人間が作った平らな浅い水溜りである田んぼの大きさ、先祖の働きのありがたさが分かります。ここを放置せず、しかも冬も水を張ると、あっという間に絶滅危惧種の生きものたちが戻ってきます。私たちは、農薬や化学肥料で生きものたちを殺さず、逆にその働きを活かしてイトミミズに土を作ってもらい、カエルやクモに稲を守ってもらい、生きものと一緒にお米を作る方法があることを知りました。今メダカのがっこうは、はっきりしたビジョンをもち実現に向かって活動しています。まず、この田んぼの生きもの調査を始めて分かったことは、メダカや、トキや絶滅を危惧されている生きものたちは、決してひ弱ではなく、保護を必要としないくらい逞しい生きものだということです。彼らは田んぼをあまり耕さず冬でも春でも少しでも長く水を張るだけで蘇ります。本当は絶滅しそうなのは農家(特に後継者)です。ですから、この方法で田んぼを作ってくれる農家を応援すると状況は一気に変わります。
●この田んぼの米を食べる環境運動
 「こんないい方法が何で広がらないの?」よくある質問です。私たちも不思議に思いましたが、農家の方々とお付き合いしているうちに、いろいろな事情が分かってきました。主な理由は2つ、一つは農薬や化学肥料や、耕耘機を買わず、種も自家採取する農家のお米を農協は買い上げないので、直接消費者を持っていない農家が、この農法に変えるということは、サラリーマンが会社をやめて独立するくらい大変なのです。もう一つは、田の草取りの大変さです。この農法は草が生えにくい優れた農法ですが、今のところ除草剤を撒いた田んぼにはかないません。たった3000円で除草剤を撒けば、夏の1ヶ月間の草取りから開放されるのに、無農薬を貫く農家が、田んぼで草取りをする姿を見せると、あとに続く農家は現れません。
 ですから、私たちが出来ることは、素晴らしい農家がつぶれてしまわないように、周辺の農家や後継者にアピールできるくらいの価格で直接お米を買って、応援することなのです。
 経済社会では、なんでもお金に換算しますが、農家が里山の自然を保全してくれている作業は37兆円、すべてがただ働きです。田んぼは単にお米の生産場所ではなく、美しい日本の自然を守っているところです。この田んぼのお米には、日本の国土保全費を加えた価格が付いてもいいと思いませんか? それは国の仕事ですって、確かに国も動いていますが、国民の意識がまだそこまで行かないので政策にはできていません。そこで気が付いた私たちが、民間版環境支払いのつもりで田んぼ環境トラスト運動を始めました。この田んぼのお米を食べる環境運動、参加して下さるとうれしいです。