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中村陽子のコラム

2011年1月16日

地球の庭師に出会いました

 この8月、大きな出会いがありました。長野の黒岩農場でお会いした矢野智徳さんです。この日、黒岩農場では、「いのちめぐる大地の再生講座」が行われており、矢野氏は講師でした。ほんの半日でしたが、彼から自然再生の根幹である水の流れ、風の流れを整える基本的な考え方を学ばせていただきました。それは今まで感じていた違和感、自分の自然観と行動とのギャップが一辺に晴れる素晴らしいものでした。
 メダカのがっこうが、この10年続けてきた田んぼの生きもの調査が、田んぼの健康診断にあたるとすれば、今回出会った大地の再生講座は、もっとバランスよく生きものたちが住める農地にするための具体的施法にあたります。メダカのがっこうも、調査結果を踏まえて、農地の根本的な環境再生への処方が提案できるようになりたいと考えていたところでしたので、時期を得たありがたい出会いでした。
農場での大地の再生講座
 矢野智徳さんは、地上の木の姿から地下の水の状態を読み、水の道を整える工事を移植ゴテ1本でしてしまいます。彼は大学で自然地理学を専攻中に、1年間日本一周の見聞を経て、独自の造園業を始めた方で、環境再生医でもあられます。
① 地上の姿から地下の水の状態を読み整える
黒岩農場での矢野さんの再生講座は、3月、5月にひきつづき3回目、前回は、梅の枝の枯れ具合から、近くを流れている水路の水が地下に入って梅の根を傷めていることを発見、水路を切り直し、地盤を固めて水の道を変える処置をしたところ、この日までに、梅の木は元気を取り戻していました。しかし今回は、その水路に草が繁茂し、水面が見えなくなっていました。この草が大きくなりすぎると根が地盤を緩め、再び水が漏れ出す恐れがあるため、草刈りの必要があり、その方法を学びました。
② 草の刈り方で風の道を整える
 矢野さんは、遠く山のほうをさして、「山の渓流が木々に覆いつくされることがないのは、谷を吹きぬける風や雨、時には台風が枝を折って適度に整えるからです。ですからここでは草が風で自然に折れるところを目途に刈りましょう」と、草をなでながらサクサクと刈り始めました。まるで美容師さんが髪をカットするような手つきで。
幼稚園の園庭の健康再生
 矢野さんの自然再生方法に魅せられた私は、彼が手がけている東京の幼稚園の園庭を手入れする日程を教えてもらい、見に行きました。その幼稚園は東京の住宅地とは思えないくらい屋敷林に囲まれた広い敷地に建っていました。
③ 踏み固められた地面に浸透力を取り戻す
 幼稚園の園庭は、園児たちによって踏み固められていました。すると表土から水も空気も通らなくなり、地下では水が滞りヘドロ化し、その周辺の木々が元気をなくしてしまいます。そこで、まず緩やかに水が流れる水筋を作り、水が溜まる場所をなくし地面が呼吸出来るようにします。今までの処置で園庭にはだんだん草が生えるようになっていました。草が生えると地面は息を吹き返し、水の浸透力が復活します。水が入るということは空気も入るということで、地下に滞っているヘドロ化した水が動き始めるのです。実際、桐の木が元気になり始めていました。この木は前回、元気をなくして表皮がボロボロになっていたそうですが、今回は元気を取り戻し、自分で表皮を治してツルツルになっていました。
④ 地面を草で覆って健康な表土回復
 地面をすべてアスファルトとコンクリートで覆ってしまう都市では忘れ去られていますが、地球の表面は、本来草で覆われているのが健康な姿なのです。そこで、草が生え始めている周辺に、剪定した木をチップにした有機物や腐葉土などを撒きます。するとこの有機物が草地を誘導して広げます。草地が広がれば草の根が水と空気を地下に運びます。こうしてこの園庭でも健康な表土が回復し始めていました。
⑤ 木を元気にする
 直接木を元気にする方法も見せてもらいました。浸透した水がたっぷりすぎて食傷気味で元気をなくしている桜の木です。この木の枝先の下あたり周囲5箇所に50センチ〜70センチほどの穴を開け、その穴にその長さに切り割った竹を差込み、さらに炭と腐葉土と籾殻燻炭を合わせたものを入れました。こうすると、地下に溜まったガスが出て行き、上からは良い空気が入り、木が元気になるそうです。今度見に行くのが楽しみです。
 自然に手を入れる時に心がけとして、一度に望ましい姿にしてしまうことなく、7割程度でやめておくことが肝心だと教わりました。自然への関与は、様子を見ながら、弱い関与を回数多くしていると、自然に美しい姿に落ち着いてくるそうです。
地球の庭師
 私は彼に、特定外来生物といわれる今や日本中を席巻しそうな草は、どうしたら良いかと尋ねました。すると彼は、「その草にも働いてもらいましょう。他の草と同じ扱い方でいいです。そのうちに暴れなくなり落ち着いてくると思いますよ」と答えてくれました。
 私は「地球の庭師」という言葉が浮かんできました。人が入れない奥山は熊が庭師、下枝を折り、大きな身体で空間を作り、風を通し美しい庭園を造ります。そして山の渓流の両側は風が庭師。そして人が手を入れた農地や人工物が多い都市部には、彼のような感覚を持った庭師が必要だと思いました。私もこれから勉強したいと思います。皆さんもご一緒にどうぞ。