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中村陽子のコラム

2010年1月13日

花まる農家紹介シリーズ1水口博さん その1

築き上げてきた生きものたちの楽園
 東北自動車道矢板ICから40分、栃木県大田原市荻野目に、メダカのがっこうの花まる農家、水口博さんの農場があります。冬になると、普通の田んぼは乾かされて次第に土ぼこりが立ちますが、水口農場は8町歩の冬・水・田んぼが広がり、天気の良い日には、青い空と白い雲が田んぼに映り、実にきれいです。冬の時期には、カモやタゲリ、モズやタシギなどの鳥たちの、田んぼの中に口ばしを突っ込んで餌を探している姿が見られることもあります。カエルやヘビは冬眠し、虫たちの姿も見えませんが、美しい水面の下には、イトミミズやユスリカ、ドジョウやミジンコなどの命が静かに息づいています。
 春3月になれば、どこから来るのか、アカガエルが産卵し、田んぼの中はおびただしいほどの卵塊でいっぱいになります。6月のカエル調査で畦を歩くと尻尾が取れたか取れないくらいの赤ちゃんカエルがあわてて水に飛び込み、その数をカウントするのは至難の業ですが、100メートルで500匹を越えます。
 またこの頃、草取りに田んぼに入ると、稲につかまって羽化している最中の赤トンボに、たくさん出会います。水口さんが田んぼを歩くと、羽が乾いたばかりのトンボたちが一斉に頼りなげに飛び立ちます。それにしても大量のトンボたち、これだけのトンボの幼生であるヤゴが生きていけるだけの餌が田んぼにあるということです。先ほどのカエルの卵やオタマジャクシは格好の餌だったことでしょう。
トンボとハチと水口さん
 水口さんに聞くと、7年前、冬の田んぼに水張りを始めてから、生きものたちが急に増えたといいます。「やぁー、毎年6月になると、トンボが発生しますが、生きものと一緒に作業が出来て、本当に楽しいですよ」と目を細めます。ある秋、稲刈りに立ち会ったときのことが思い出されます。水口さんが、稲刈りが終わった直後の田んぼに水を入れ始めると、どこで見ていたのか、赤トンボが飛んできて、つがいになって産卵し始めました。その数は見る見る間に増えて、この田んぼの上だけトンボでいっぱいになってしまいました。まるで「水口さん、田んぼに水を張ってくれてありがとう」と言っているような様子に、水口さんはとても嬉しそうでした。
 水口農場に来る生きものは毎年増えています。2年前からは、日本ミツバチが巣を作っています。昨年は、日本中の農地からミツバチが姿を消し受粉の働きが不足して大問題になりましたが、水口農場はまるで別世界です。
 生きものたちが増えると、人も集まってきます。水口さんのお米を食べているメダカのがっこうの会員が、にんじん堀りや、田の草取りツアーにたくさんやってくるようになりました。人間も田んぼの生きものだったのですね。みんな生き生きしています。
挑戦の連続
 今でこそ、「土が出来てくると、農業くらい楽しいものないね」と言っている水口さんですが、最初から良い土だったわけではありません。火山灰と黒ボクと言われる土質で、“ネコまたぎ”といわれていた地域です。ネコまたぎとは、猫も相手にしないほど美味しくないという意味です。
 水口さんは、まず自家製堆肥に力を入れました。米ぬか、籾がら、くず大豆、麦茶工場の麦かす、草を放線菌で好気発酵させます。堆肥は毎年幅10メートルくらいの築山が出来るくらい作り、田んぼや畑には2年〜3年経ったものを入れています。新しく借りた畑は、早く土を作るために、棚倉断層の貝化石ミネラルとこの自家製堆肥を大量に入れるそうです。また、この自家製堆肥を作る過程で流れ出てきた液は、即効性のある有機液肥として、苗作りにとても役に立っています。
 田んぼの土作りが一挙に進んだのは、7年前から始めた冬・水・田んぼからだといいます。田んぼに水を張ると、イトミミズはじめ田んぼに集まり田んぼで繁殖したたくさんの生きものたちが土を作ってくれるのです。また多くの生きものたちは水を落とす時、田んぼで死んで土となり、本物の有機堆肥になってくれます。水口農場は、親の代からの井戸水のおかげで、冬でも地下水がふんだんに使えます。田んぼを乾かすことが主流の日本では、農業用水は共同管理なので、冬に水が使えない農家がたくさんいますが、水口さんは「こんなに良いことが出来ないなんて、気の毒だな」と思っています。
 水張り3年目から土が出来すぎる問題が起こってしまいました。そこで、それまでこだわっていた不耕起をやめ、数年に1回程度、必要に応じて耕耘することにしました。水を張り続けていると、イトミミズが増えすぎたり、保肥力が増し土が肥えすぎてしまうので、必要に応じて水を落としイトミミズの働きを制限したり、肥料分を落とすようにしています。土が肥えすぎて困るというのは、不思議に思うかもしれませんが、人間も食べ過ぎると成人病になるように、稲も育ちすぎて倒れてしまうのです。収量も一反(10アール=1000㎡)当り9俵以上穫れると味が落ちます。多くても8俵以下が美味しいお米の収量なのです。
 こうした水口さんの努力の結果、メダカのがっこうの会員の間で大人気の美味しいお米になっています。1昨年は、「水田を守る会」の食味コンテストで優勝しました。