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活動報告

2011年6月21日

6/3〜被災地ボランティア活動報告

メダカのがっこうからの支援募集の案内を見て、東北震災支援ボランティアに参加しました。
6月3日(金)の朝から、6日(月)の夜までの4日間です。
3日の朝9:00に新宿に集合した5名はワゴン車に乗り出発、途中安達太良SAで、伊豆から一人で車で来られためだか農家水口さんと落ち合い、ボランティアセンターのある宮城県登米には午後3時ごろに到着しました。
現地RQ市民災害救援センターは、登米市の小学校体育館に拠点を開き、組織がしっかりできた運営をしていました(詳細はRQのHP参照)。
今回同乗したメンバーの中には指圧のできる方、シャボン玉パフォーマンスのできる方など技を持った方もおり、60歳を過ぎたおじさんができる事があるのだろうか、足手まといになるのではないかと不安でしたが、まったく心配はありませんでした。
ボランティアは100人はいるでしょう。誰でもやる事は有ります。私は到着日は食事とミーティング(は毎晩、毎朝あります)。翌日はセンター内の作業(フロア係)で、支援物資在庫調査、デリバリー品の分類等。
2日目は現場へ出ました。南三陸町の歌津地区行きのグループに入り、午前中は道路わき側溝(水路幅約2m)の清掃、歩道の瓦礫撤去。200m程度の距離ではありましたが10人程度の作業ですっきりときれいになり、膨大な被災地のごく小さな点に過ぎない作業ながら確実に一歩進んだことが目で確認できました。午後は写真修復作業。泥水で汚れたアルバムをバラシ、台紙から1枚ずつ写真を剥がしていきます。透明フィルムの下でカラーインクが流れて顔が判別できない多くの写真の中から、少しでも顔がわかる写真は丁寧に剥がし、洗濯ばさみで干します。赤ちゃんとお母さんの写った命名式の写真や、おばあちゃんと赤ちゃんの笑っている写真など、破いてしまうことがないように神経を集中しての作業。これら写真が持ち主に還ることを祈らずにはいられません。
以下、感じたことをいくつか記します。
   1. 現地ボランティアセンターの組織がしっかりしているので、誰もが活動できる。
   2. 現地でまる二日は活動できることが望ましい。
   3. 食事は用意してもらえる(キッチン係りに感謝)。
   4. 板の間やテントに寝袋で寝ることは必須。
   5. 住民の居場所には侵入しない。
   6. 町づくりは住民と地域行政が行う。
   7. ボランティアは縁の下で力を発揮する。
時間を作り一兵卒としてまた現地に行きます。微力でも結果は確実に目に見えます。
しかし...福島原発事故の周辺地域は心配です。メルトダウンどころかメルトスルーの状態であろうと言われており、復旧などではなく未だに悪化しないよう食い止めるのに精一杯に思えます。
ボランティア活動どころか、人が、いや生き物が近づけない場所になってしまいます。
土地も、海も、汚染が拡がらない事を願うのみです。
個人として脱原発賛成、省エネを実践し続けることも活動だと思っています。
体育館内部.jpg 受付.jpg 110606_0845_0002.jpg
※ペンネーム、コタロウさんから活動レポートいただきました!
コタロウさん非常にわかりやすいレポートをありがとうございました。